全日本漢詩連盟 副会長 後藤淳一
宇宙戰艦大和歌 宇宙戦艦大和の歌
告別環球友 別れを告ぐ 環球の友に
大和辭舊汀 大和 旧汀を辞す
凝眸望廣宙 眸を凝らして広宙を望み
承命振脩翎 命を承けて脩翎を振るふ
啼送󠄁揮紅帕 啼きて送るに紅帕を揮るひ
誓言回碧溟 誓ひて言ふ 碧溟を回すと
明河外何去 明河の外 何くにか去く
迢遞歷山星 迢逓たる歴山星
私が長年参加している櫻林詩會で或る時、「戦艦大和」という詩題が出た。戦艦大和が撃沈して七十五年が経ったことに因んだものであった。この詩題を見た時、真っ先に思い浮かんだのが子供の頃にテレビで見ていたアニメ「宇宙戦艦ヤマト」であった。そこで奇を衒って、この「宇宙戦艦ヤマト」を漢詩に詠じることを試みたのだが、いっそのことそのオープニングテーマ(作詞:阿久悠)を漢文に翻訳してしみようと考えた。私はこれまで漢詩作りの鍛錬の一環として、「朧月夜」(♪菜の花畠に入日薄れ~)や「夏の思い出」(♪夏が来れば思い出す~)を漢詩に翻案することを試みたことがあったからである。
では、このオープニングテーマをどう漢詩に仕立てるのか。まずはそのオリジナルの歌詞を検討することにした。
さらば地球よ 旅立つ船は
宇宙戦艦ヤマト
宇宙の彼方 イスカンダルへ
運命背負い 今とび立つ
必ずここへ 帰って来ると
手をふる人に 笑顔で答え
銀河をはなれ イスカンダルへ
はるばるのぞむ 宇宙戦艦ヤマト
オリジナルの歌詞は全八行。各行の文字数も少ないので、全八句の五言律詩に仕立てることにした。
次に行うのが韻字・韻目の選定。右の歌詞の中で最も訳しにくいのが「イスカンダル」である。この名称は古代マケドニアの「アレクサンダー大王」の異称に由来すると聞いたことがあったが、その「アレクサンダー」は漢語では「歴山」と翻訳されるので、これを借りて「イスカンダル」を「歴山星」とすることにした。これを五言句の下三字に据えるとなると「星」を韻字として使うこととなり、自ずと「星」字が属する〔青韻〕で押韻するのが良さそう、と考えた。
そして色々と頭を悩ませながら、最終的に上掲の律詩が出来上がったのである。首聯は、「地球の友に別れを告げて/ヤマトは馴染みの水辺を離れる」と置き換えた。雁聯は対句に仕立てる都合から、「広い宇宙に目を凝らし/命を承けて長い翼を羽ばたき飛び立つ」とした。
同様に対句に仕立てるべき頸聯は、押韻の都合から歌詞の順番を入れ替えて、「地球の人々は赤いハンカチを振りながら涙でヤマトを見送り/ヤマトのクルーは必ず青い海を取り返すと誓って言うのであった」とした。第五句はエンディングテーマの「真っ赤なスカーフ」から借用したもの。第六句は「かつては青かった地球に帰って来る」の意と、イスカンダルから持ち帰った放射能除去装置によって「再び地球を青い海にする」の意との二重の意味を掛けたものである。
そして結びの尾聯は「銀河の外、一体どこに行こうとするのか/それは遥かなるイスカンダル」とした。第七句は漢詩の常套的措辞からは少々外れているが、あれこれ考えた末の已むを得ない結果である。
このように現代のポップな素材であっても取りあえず漢詩に詠ずることができるのである。皆さんも漢詩作成の鍛錬の一環として、何らかの歌を漢文に翻訳・翻案することを試みられては如何だろうか。