詩人・曹操とその息子たち 第二回

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全日本漢詩連盟 常務理事 浦上 佳奈

 三国志を代表する英雄・曹操と、その息子たちの詩を紹介するシリーズ。第二回は曹
操の息子であり、後継者であり、魏王朝の初代皇帝となった曹丕(そうひ)と彼の詩にス
ポットを当てます。

▼「永遠の命など、得られはしない」・・・ドライな死生観

 曹丕が生まれた時、父の曹操は「黄巾の乱」という農民の反乱を平定し、宮中で残虐の
限りを尽くした国賊・董卓の討伐連合に加わるなどして功績を挙げ、徐々に力をつけてい
きます。その後、曹操は皇帝を庇護するという名目で手元に置きつつ、権力争いや戦に
勝ち続けて勢力を伸ばしていったことは、前回の説明どおりです。

 200年に「官渡の戦い」、208年に「赤壁の戦い」という大きな戦があり、前者には勝ちま
すが後者では負けてしまいます(このあたりは、ドラマや映画でご存じの方も多いでしょう)。
戦に負けたとはいえ、この頃は既に曹操自身の基盤が出来上がっていたため、さほど致
命的な敗走とはなりませんでした。

 以下に紹介する詩は「芙蓉池作」(ふようちのさく)といいます。211年頃、曹操の本拠地
であった鄴(ぎょう)の庭園で宴会が開かれた際に、主催者である曹丕が詠んだものです。
曹丕は187年生まれですから、この頃はまだ24歳。うら若き貴公子であった曹丕は、果た
してどんな歌を披露したのでしょうか?
 例によって、かなり難しい言い回しが出てくる上に、かなり長い詩です。本文は読み飛ば
して【訳】だけ読んでもらっても構いません。

乘輦夜行遊  輦に乗りて 夜に行遊し、
逍遙歩西園  逍遥して 西園を歩む。
雙渠相漑灌  双渠 相い漑灌し、
嘉木繞通川  嘉木 通川を繞る。

【訳】
手車に乗って出かけ、夜になっても遊び続け、
西の庭園のあたりをぶらぶらと散策する。
(この庭園には)二つのお堀から水が流れ込み、
その水路の周りを美しい木立が囲んでいる。

 まずは庭園の描写から始まります。宮殿のお堀から水を引いて水路を作り、その周囲に
木々を植えているなど、かなり広い庭園であることがうかがえます。

卑枝拂羽蓋  卑枝 羽蓋を払い、
脩条摩蒼天  脩条 蒼天を摩す。
驚風扶輪轂  驚風 輪轂を扶け、
飛鳥翔我前  飛鳥 我が前に翔ける。

【訳】
(その木立の)低い枝は車の屋根を払い、
長い枝は青空に触れんばかり。
すると突然風が起こり、車輪に吹き入ると、
飛ぶ鳥が私の目の前を翔ける(私の乗る車も飛ぶ鳥のような速さとなる)。

 庭園の広さを述べた後は、木立の描写に移行して高さを強調します。低い枝は車の屋
根を擦り、高い枝は空まで届く。すると追い風が吹いて、車がスピードアップします。飛ぶ
鳥のような勢いで馳せていく車。気分は爽快でしょう。

丹霞夾明月  丹霞 明月を夾み、
華星出雲間  華星 雲間を出ず。
上天垂光采  上天 光采を垂れ、
五色一何鮮  五色 一に何ぞ鮮やかなる。

【訳】
すると、不思議なことに夜空に茜雲が現れ、明月を取り囲み、
その雲間からはきらめく星が姿を見せる。
天空から月や星の光が差し込んで、地上へと降り注いできた。
その輝きは、色とりどりで、鮮やかで、何と美しいことだろう。

 視線は飛ぶ鳥の行く先を追っていき、空へと移ります。夜だというのに茜雲が現れ、そ
の雲間から月や星の光が地上へ降り注ぎます。何とも不思議で神秘的な光景です。

壽命非松喬  寿命 松喬に非ず、
誰能得神仙  誰か 能く 神仙を得ん。
遨遊快心意  遨遊して 心意を快くし、
保己終百年  己を保って 百年を終えん。

【訳】
人間の寿命は、赤松子や王子喬のような神仙とは異なる。
永遠の命など得られるはずもない。
こうして心ゆくまま遊んで楽しみ、
身体の養生に努めて、一生を終えよう。

 先ほどの不思議な光景を見た同行者のうち、誰かが「神や仙人が降りてくるようだ」「こ
れを見た私たちも永遠の命が得られるだろうか」と言ったのかもしれません。当時は不老
不死の術が存在すると当たり前のように信じられており、猛毒の水銀を秘薬だと信じて飲
む人もいました。かの「秦の始皇帝」も、不老不死を願って水銀を飲んでいたと言われてい
ます。
 しかし、曹丕は非常に冷静です。人は神仙とは違う、永遠の命などあるものかとバッサリ
否定し「心身を健やかに保って一生を終えよう」と結びます。この言い方は、前回の曹操の
「歩出夏門行」とよく似ています。父親の影響を受けたのかもしれません。

▼「織姫と彦星に、何の罪があるのでしょう」・・・ウェットな感性
 
 「芙蓉池作」では、かなりドライな物言いをしていた曹丕。実は彼には、史実の上でも非情
ぶりを表すような逸話が残っています。そのイメージが先行してか、現代の小説やドラマなど
でも「冷徹」「陰険」な性格で描かれることが多いです。しかし、曹丕が全くの冷血漢であった
かというと、決してそうではありません。

 次に挙げる詩は「燕歌行」(えんかこう)といいます。旅に出たまま帰ってこない夫を待ち続
け、悲しみに沈む女性を描いた歌です。これも難しい上に、一行あたり七文字と多く、内容も
長いので少し読みづらいかもしれません。ただ、大変ロマンチックで美しい詩なので、【訳】だ
けでもどうかご覧ください。

秋風蕭瑟天氣涼  秋風 蕭瑟として 天気涼しく、
草木搖落露爲霜  草木 揺落して 露 霜と為る。
羣燕辭歸雁南翔  群燕 辞し帰り 雁 南へ翔び、
念君客遊思斷腸  君が客遊を念えば 思い腸を断つ。

【訳】
秋風がさみしげに吹き、肌寒い季節となって、
草木は枯れて葉を落とし、露が霜となりました。
燕の群れは飛び去り、雁も南へ飛んでいき、皆あるべき場所へと帰っていくのに、
あなたが旅から帰ってこないことを思いますと、私のはらわたは悲しみで千切れそうです。

 季節は秋、肌寒さが増して霜が降りる晩秋の頃。渡り鳥たちが越冬のために南へと飛んで
いく中、旅先から帰ってこない夫をひとり思い続ける女性が、この詩の主人公です。

慊慊思歸戀故郷  慊慊として 帰るを思い 故郷を恋わん、
君何淹留寄他方  君 何ぞ 淹留し 他方に寄るや。
賤妾煢煢守空房  賤妾 煢煢として 空房を守り、
憂來思君不敢忘  憂い来たりて 君を思い 敢えて忘れず。

【訳】
あなたもきっと、故郷を恋い慕って早く帰りたいと思っていらっしゃるでしょうに、
何故、長いあいだ他国に留まったままなのですか。
わたくしはひとりぼっちで、誰もいないお部屋をむなしく守っておりますが、
憂いに襲われても、あなたを思う心を忘れることなどありません。

 夫のいないがらんとした部屋を、女性はひとり寂しく守っています。夫は長い間旅に出たま
ま戻ってこないようですが、それでも彼を信じて、帰りを待ち続けます。

不覺涙下霑衣裳  覚えず 涙下って 衣裳を霑し、
援琴鳴絃發清商  琴を援き 絃を鳴らして 清商を発し、
短歌微吟不能長  短歌 微吟すれども 長くすること能わず。

【訳】
しかし知らず知らずのうちに涙がこぼれてきて、服を濡らしてしまいます。
悲しみを紛らわせるため、琴を引き寄せて弦を爪弾き、澄んだ音を奏でますが、
声が詰まって、歌も長くは続けられません。

 健気に夫を待ち続けますが、やはり悲しみをこらえることはできず、あふれる思いは涙と
なってこぼれ落ちます。楽器を弾き、歌を歌って気を紛らわせようとしますが、それも長くは
続きません。

明月皎皎照我牀  明月 皎皎として 我が牀を照らし、
星漢西流夜未央  星漢 西に流れて 夜 未だ央きず。
牽牛織女遙相望  牽牛 織女 遥かに相い望む、
爾獨何辜限河梁  爾 独り 何の辜ありてか 河梁に限らる。

【訳】
明月の光が白々と寝床を照らし、
天の川は西に傾きましたが、夜はまだ明けません。
織姫と彦星が、天の川を挟んで向かい合っています。
あの二人はいったいどんな罪があって、川の両岸に隔てられているのでしょう。
(そして私と夫は、どんな罪があって、離れ離れにならなければならないのでしょう)

 やがて夜は更け、月の光が寝床を照らします。本来なら夫とふたり睦み合う時間帯ですが、
彼女は秋の夜長をひとりで過ごさねばなりません。天の川が西へ傾く時間になってもなかな
か寝つけず、遠い遠い夜明けをひたすら待ちます。
 ふと、天の川の両岸の織姫と彦星が目に入ります。川に隔てられ会うことのできない二人
の姿に、女性は自分の境遇を重ねて、悲嘆に暮れるのでした。
 秋の夜のものさびしい風景と、夫の帰りを待ち悲しみをこらえる女性の心情と、織姫と彦星
の逸話が見事に重なり、ひとつの世界を描き出しています。南へ行く渡り鳥を見て帰らぬ人を
思ったり、歌おうにも涙で声が詰まって歌にならない様子などは、実際に悲しんでいる女性を
見てスケッチをしたような緻密さです。

 人の生には限りがあると突き放すように歌いながら、人の悲しみを繊細美麗に描く曹丕。ま
さにドライ&ウェットですが、彼は詩だけでなく、文章においてもこのような特徴が見られます。
次回は「詩」をひと休みして、曹丕の遺した「文」を見ていきます。

<参考書籍>
伊藤正文注  「曹植」  岩波書店
松枝茂雄編  「中国名詩選」  岩波文庫
川合康三編訳  「曹操・曹丕・曹植詩文選」  岩波文庫
趙幼文校注  「曹植集校注」  中華書局

(令和8年(2026)1月3日 公開)

全日本漢詩連盟のホームページでは、このテーマについて6回にわたり連載していきます。

令和7年10月29日の時点で6回分の原稿を書き終えており、そのあと刊行される書籍等からの影響は受けていません。

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